Diary Report from April to June 2006
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2006/6/11

Festival
・  お祭り

お祭り

先日たまたま散歩をしていて遭遇した風景です。都心にしては珍しい光景だと思います。赤坂見附の大交差点が手信号になった瞬間。麹町、平河町、紀尾井町、周辺の町会がひとつになり大祭を主催。それにしてもまだ、こんな都会でもお祭りがあったかと思うと少し安心しました。梅雨空を吹き飛ばす掛け声「わっしょい、わっしょい!」周辺の高層ホテル群の外国人宿泊客も珍しいのか足を止めて見学していました。
みこしは赤坂山王日枝神社へと消えていきました。風情があったな。

2006/6/8

Seminar
・  日高義樹講演会

日高義樹講演会

6月8日東京経団連会館で行われた米ハドソン研究所主席研究員日高義樹氏の講演会に参加した。貴重な講演会、今回招待状を手にする幸運な機会に恵まれました。
日高氏は、NHK入局後、外信部を経てニューヨーク支局長、ワシントン支局長、理事待遇アメリカ総局長を歴任後NHK審議委員を最後に退職。ハーバード大学客員教授としてケネディースクールで教鞭をとる。現在は米ワシントン、ハドソン研究所首席研究員としてホワイトハウス及びアメリカ海軍のためのアジア西太平洋における日米関係の将来に関する調査、研究の責任者を務めている。氏で有名なのは私も個人的に好きで見ていますが、「日高義樹のワシントンレポート」だろう。今回、氏の講演で面白かったのは米中関係がかなりのスピードで悪化していること、日本の小泉首相がブッシュ米大統領にとり、とりわけ特別な存在であること等、その他面白い話が幾つかありました。歴代首相で比較的アメリカとの信頼関係を結んだ中曽根さんよりも小泉さんは信頼が厚いそうだ。辞めていく総理大臣にアメリカがステートディナーを開催する意図が読めたような気がする。(詳細をここで触れるのをあえて避けます)
日高氏はこのような世界的な視点で、政治経済の現状をレポートしてくれる、しかも説得力があり私は満足しました。国際情勢が私たちが考えている以上にスピーディーな展開を向かえている事は、日本のプレゼンスの為にも注視していかなくてはならないのではないか。

2006/6/4

Art Museum
・  ブリジストン美術館を訪ねて

ブリジストン美術館

日曜日の午後、たまにはアートでもと思い、会社から招待券を貰っていた事を思い出した私は、東京京橋のブリジストン美術館へ。何しろ有名な美術館であるのに、まだ一度も足を運んだ事がありませんでした。2006年4月8日〜行われている石橋財団50周年記念「雪舟からポロックまで」を鑑賞してきました。丁度6月4日は最終日。今回の展示は東京のブリジストン美術館と福岡県久留米市の石橋美術館に分けて公開しているコレクションを一同に並べて展示されておりましたが、もう驚くばかりの作品群に圧倒されました。古今和歌集、雪舟(四季山水図、重要文化財)、日本の東洋美術から西欧近代美術のハイライト新収蔵のボロックをはじめとする戦後美術まであわせて170点の一挙展示。個人コレクターでこれだけの作品を収集した彼に大変興味を覚えたことと、ブリジストンという企業がいかに文化的に高いレベルであることがわかった。創業者石橋正二郎は福岡県久留米市において地下足袋業からスタートし、世界のブリジストンを築いた男だ。一族には鳩山家、フィリップスコレクションに多大な貢献をした郷家など華麗なる閨閥も築いた。このような資産家が収集したコレクションを我々一般の人々がもっと鑑賞する機会が増えることを期待したい。

2006/5/28

Condominium
・  ヨーロッパの古城を思わせる名作マンション

秀和四谷パークサイドレジデンス

これまで、不定期ではあるが都心の名作マンションを私の視点からご紹介してきました。好評を得ていると聞き今回も久しぶりに名作をご紹介することにしましょう。

東京四谷、周辺にはホテルニューオータニ、上智大学、学習院初等科、日本にいる事を忘れさせる建築の迎賓館等、都内でも有数の緑に囲まれたこの環境の地に、1971年完成の秀和四谷パークサイドレジデンスがあります。
当時の新聞広告には「赤坂離宮を望む緑に囲まれた素晴らしい環境」と謳われている。今も変わらない周辺環境は奇跡、本当に恵まれていると言えよう。分譲主は秀和株式会社。昭和30年代〜40年代東京都心の一等地にヨーロッパの古城を思わせるデザイン建築で人気を博し、時代の先端を行く人々の憧れでありました。青い屋根、白い壁、アーチ、スペイン瓦、ゼラニュームが似合うテラス等、現在でもこの外観を愛するファンは多い。その中でも四谷は名作で、何と言っても希少価値のロケーションはいまだに空室の出ないマンションの所以だろう。専有面積は96.53u〜141.69u、地上10階、セントラル冷暖房システムなど、当時の先端設備を謳った。分譲価格は1870万円〜2950万円、高層階からの眺望は語るに及ばず。秀和レジデンスとしての分譲は最近なされてないと聞く。画一的なデザインで、面白みのない建築が多い中での秀和の役割は大きかったと言えよう。

2006/5/23

Classic Concert
・  モスクワ放送交響楽団コンサートへ

モスクワ放送交響楽団

ジャパンアーツ様のご招待で、サントリーホールで行われたモスクワ放送交響楽団の演奏に足を運んで参りました。平日の夜ではありましたが、会場は多くのクラッシックファンで埋め尽くされていました。ウラディーミル・フェドセーエフが指揮するこの楽団はヨーロッパで大変人気があります。1930年に設立され、ロシアのもっとも輝かしい楽団として認知されています。指揮者のウラディーミルも世界的な評価を受けその名が轟いている。今回新鋭ヴァイオリニスト、樫本大進を従え、音楽は一層冴え渡っていたように感じた。今回のコンサートにおいてはVIPの皆様もお見受けし、私がご招待を受けた席もベストポジションで大変満足でした。毎回感じることは、日本のクラッシックコンサートにも若い20代前半のお客さんが多いのには感心します。

2006/5/15

Book
・  私の梅原龍三郎を読む

私の梅原龍三郎

先日TV東京で放映していた番組を見て私はいたく感動を覚えた。日本洋画界の巨匠梅原龍三郎と昭和を代表する女優、高峰秀子を取り上げていたからだ。女優だった高峰秀子が20代のころから40年近く梅原龍三郎と交流し、彼女が巨匠のモデルとして画かれた作品はどれも目を見張るばかりの力作で、特に高峰秀子が自らカニと呼んだ色鮮やかな作品は、とにかく彼女の個性がでていて面白い。私はTV放映後早速高峰秀子に興味を持ち、TVでも紹介された作品「私の梅原龍三郎」を熟読した。彼女の軽妙な文章に巨匠梅原龍三郎の以外な一面を知ることができ、且つ、高峰秀子の潔く生きるを心情とした哲学に深い感動を覚えた。現在女優業を引退し、読書とおさんどんの日々を過ごす彼女の生き方を洋画界の巨匠の番組を通じて知るとは、いい機会を得た。まず、時間を作り巨匠梅原が画いた高峰秀子をこの目で見てみたい。

2006/5/6

My Birthday
・  東京タワー

東京タワー

今年も恒例の東京タワーバースデーインヴィテーションへ。大型連休とあり大勢が入場を待っていました。午後に出かけたのが大失敗でしたが、10分弱並んで無事展望台へ。リリーフランキーの東京タワー、TVアドマチック天国で紹介されたせいか最近何かと話題も。近年の東京タワーのイベントに対する取り組みは評価出来る。今年は比較的好天に恵まれ、東京の景色もまずまずでした。1年昇らないとやはり東京の景色は変わる。特に西側には来年オープン予定の東京ミッドタウンがそびえていた。
写真は今年、東京タワー低層階から上を望んだものです。昨年はちなみに、ルックダウンウィンドウでした。バースデーカードと、今年もチョコレートケーキを頂いてきました。誕生日、東京タワー、毎年恒例の私のイベントです。

2006/5/5

World Gardening Fair
・  大使夫人のガーデニングへ

ガーデニング1
ガーデニング2

5月の連休毎年恒例の行事、ホテルオークラ主催大使夫人のガーデニングへ足を運ぶ。今年で第7回を迎えるこのイベントは毎年多くの人でにぎわう。私も今年で5回訪れているが、毎年楽しませてもらっている。何しろ普段のホテルオークラの落ち着きはこのときばかりは、と思わせる盛況だ。今年の参加10ヶ国の内訳は、イタリア共和国、モロッコ王国、アルゼンチン共和国、メキシコ合衆国、オーストラリア連邦、アラブ首長国連邦、ルーマニア、デンマーク王国、ブルネイ・ダルサラーム国、そしてアイルランド。今年私が印象に残ったのは、デンマーク、ルーマニア、ブルネイ、イタリア、そしてメキシコでした。デンマークは微笑みの庭をタイトルにバラ、ラベンダーが私たちを迎え、メキシコは鮮やかな紫、ピンク、赤を基調に印象的、ルーマニアはまさに田舎の暮らしを思わせるのどかな、ゼラニウムに飾られた庭を演出。写真のブルネイのッシルバーウェアーを使用した演出、イタリアの回路を思わせるランドスケープ、その他国々も個性あふれた展示で、見る人を喜ばせていた。
今年は案内がカタログ化されたのも驚きでした。鑑賞を終え、ショッピングアーケードでの買い物、恒例のホテルオークラのブレッドを購入し帰宅。草花は本当に心を和ませる。来年も楽しみである。

2006/5/4

武相荘
・  武相荘を訪ねる

武相荘

かねてから一度訪れてみたいと考えていた東京町田の武相荘へ。
ご存知の方も多いと思うがここは白洲次郎、正子夫妻が暮らした住居を一般公開している。連休の谷間多くの人が夫妻の歴史にふれていた。現在の町田市鶴川は新興住宅地として発展しているが、昭和18年敗戦の気配を感じた白洲次郎は、当時の鶴川村へ引越てきた。夫妻についての歴史は割愛するが最近夫妻を偲ぶ作品TVが放映され、改めて見直されている。かやぶき屋根の母屋、生前の白洲次郎が作った農作業器具、正子夫人が愛した骨董、焼き物、着物、どれも素晴らしい目利きと、歴史が感じられた。母屋を囲む庭も、ここは東京かと思わせるほど自然に恵まれた環境でした。

少し離れたところから中央を見る、白洲次郎が仕えた吉田茂は大磯、白洲次郎は鶴川、昔はこのように大物が中央政界、財界に睨みを効かせていたようだ。武相荘とはちなみに武蔵と相模の境にあるこの地をから由来する。また一説には白洲次郎が無愛想であったからとの説もあるらしい。ユーモアがある。

2006/4/22〜23

Hot Spring
・  野沢温泉へ行く

野沢温泉

まだ寒さが残る信州野沢温泉へ出かけてきた。
今年父が幹事で親族の集まりが催された。子供の頃何度か叔父に連れてきたもらったそうだが、私の記憶にはない。改めて東京から遠いところにあるなと感じました。
今回の宿は野沢温泉の中でも老舗として有名な「さかや」。何しろ、ここのお風呂がいい広くて、露天風呂月見の谷から望む水車がまた風情がある。さかやは野沢温泉で17代続く老舗旅館で湯船にあふれる温泉は大浴場から15mlどの泉源から自然に湧き出しています。地元の素材を活かした山の幸の料理を堪能し、さかやの足湯につかる。私は部屋の間取りというか、インテリアが気に入ったのと、旅館のご子息が国体の有名な選手で20代の若さでこの世を去ったのを知り驚きました。久しぶりに心身ともにリラックスした一日でした。

2006/4/15

Lexus
・  レクサスを思う

レクサス

ゴールド免許が確定した私。たまに車に乗ると疲れてしまい、車は便利だけどもっと東京で練習しないと。しかし、遠のいた私の心を惹きつけたのは、巷で話題のレクサス(家族がセルシオに乗っているので気にはなっていた。)2005年8月、日本でスタートしたレクサス。1989年アメリカで展開され、欧米でも超高級車として絶大な人気を誇ります。高級車開発、販売のみならずディーラー販売員、メカニックといった現場スタッフまで徹底して教育されている事も特徴です。従来のクルマとは全く違った価値観をユーザーに提供することを目指しています。サロン形式の商談ブース、リッツカールトン研修部長監修の社員教育にその熱意が表れています。

今回レクサスより、ISオリジナルDVDを頂戴した。エントリーモデルとして登場したISはBMW3シリーズを超えるモデル、その優美でスポーティーなモデルラインは惹きつけられます。排気量3456.0cc、最大出力318.0ps, 燃費10.0km/l、定員5人。価格は495万円〜
次回は是非試乗してみることにしよう!
こだわり派には魅力的な車だ。

2006/4/9

Exhibition
・  森英恵「手で創る」展覧会へ

森英恵展覧会

東京初台にある新国立劇場にて開催された森英恵展「手で創る」を訪れた。森英恵ファッション文化財団が主催し、オートクチュールの長年にわたる創作活動の展覧会は、さすが世界で活躍されている「マダム・バタフライ」、そのものでした。森英恵さんの優しい眼差し、少しも偉ぶらないキャラクターは有名で、だからこそ世界に認められた賢人なのだ。(私事ですが、以前青山のHANAE・MORI にてワイシャツをつくってから作品ファンです。)

オートクチュールこそ、手仕事の粋。その技を感じ取る事が出来る作品の数々。50年にわたり国境ないファッションの世界で東と西を追求してきた森英恵氏。パリ・オートクチュールの唯一の日本人として発表してきた作品群は世界の優れた職人の力によるものです。イースト・ミーツ・ウエスト の作品の中でパーティードレスの腰の部分がベルトではなく、帯で結んである作品に森英恵さんの日本人としてのプライド、ルーツを感じとりました。今回、世界的に手がけた舞台のコスチューも各劇場から借用し特別展示されていました。
森英恵さんは言います。「ファッションは人間の身体にもっとも近い文化である」
日本を代表するデザイナーとして一層の活躍を期待したいです。

2006/3/25

Afternoon Tea
・  アフタヌーンティーを楽しむ

午後TEA

春を感じる土曜の昼下がり、東京目白フォーシーズンズホテル
ル・シャルダンにて、桜アフタヌーンティーを楽しんできた。今回同僚がこのホテルとのタイアップでアフタヌーンティーを企画した事による。以前米国に住んでいた20代前半、初めてフォーシーズンズホテルシアトルで体験して以来だ。どうも男にはあまり縁がないシチュエーションだが、今回美女4人と歓談しながら楽しい時間を過ごせた。フォーシーズンズホテルは椿山荘と併設され、山縣有朋邸跡に建てられた緑豊かなロケーションに位置し、庭園散策も楽しい。
今回初めて桜スコーン、毎年好評のよもぎスコーンと2種類の味覚を楽しむ事が出来ました。サービスにロゼスパークリングワイン、お土産にマカロンがついて、比較的リーズナブルな価格で優雅な気分に浸りました。

2006/3/21

Art
・  原田泰治作品に思う

原田泰治作品

今年3月5日、私は久しぶりに自分へのご褒美として、絵を購入した。以前レポートでも触れた、画家、原田泰治氏の作品だ。購入までのエピソードを紹介すると、氏の展覧会へ足を運ぶ。氏の日本の田舎を描く作品に感銘を受ける。その後、展示会にて通常であればポストカード辺りで済ませていた私ですが(アートは高価なので)今回は「山古志村の風景」に見せられ、買うか、買わないか大変迷っていました。そこで頭をリフレッシュさせる為、その場で画集を見せてもらい、大発見をした。それが今回購入を決めた氏としては珍しい海外を描いた「セントラルパーク」だ。アメリカに住んでいた事もあり、反応した。リトグラフであるが、私はその作品の一番目の所有者として刻印された。毎日の楽しみはこの絵を眺めること、疲れが癒されます。セントラルパークの緑の色が光の影により違うのは不思議な魅力だ。褒美にしては高価であったが、満足です。

2006/3/16

Exhibition
・  後藤田正晴写真展

後藤田正晴

3月14日〜20日まで、東京文京区の日中友好会館において元副総理故後藤田正晴写真展が開催され、足を運んできた。氏は警察庁長官として、浅間山荘事件を指揮しカミソリ後藤田の異名を持つスパー官僚として日本の国家社会をリードしてきた。その後、時の実力者、田中角栄の目に留まり、政界へ。特に中曽根内閣官房長官時代の氏の活躍は有名だ。晩年は日中友好に尽力した政治家の一人である。そんな氏を1994年から2005年までの12年公私にわたり密着撮影した人間ドキュメンタリーだ。私は人物に非常に興味があり、特に政治家、財界人の写真展は大好きだ。後藤田さんはやはりいい顔をしていた。優しい眼差し、厳しい顔、責任のある男の顔、大物だ。最近の政治家は顔が見えにくいと言われる中での後藤田さんの写真展、何だか氏が「これからの日本を若者に託す!」と私に語りかけているようでなりませんでした。

Profile
Name:高塚 誠(こうつかまこと)

新しいものを発見する喜び、人々との出会いをクリエートするコーディネーターとして、常にアンテナは高く頭は低くの精神で世界中を駆け回るミスターインフォメーショナー

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